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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)676号 判決

原告

河内アルミニウム工業株式会社

右代表者代表取締役

隅田啓生

右訴訟代理人弁護士

田中久

右輔佐人弁理士

北村修

被告

四国化成工業株式会社

右代表者代表取締役

西川謙次

右訴訟代理人弁護士

籠池宗平

白川好晴

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙第一目録及び第二目録記載の門扉を製造し、販売し、使用し、貸し渡し、又は販売、譲渡もしくは貸し渡しのために展示してはならない。

2  被告は、その所有する前項記載の門扉の完成品及び半製品を廃棄し、右物件の製造に必要な金型類を除去せよ。

3  被告は原告に対し、金二一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  右1ないし3項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)を有する。

考案の名称 伸縮揺動自在な門扉

出 願 日 昭和四八年一二月二八日

出願公告日 昭和五六年五月二三日

登 録 日 昭和五九年三月二一日

登録番号 第一五三七二六七号

実用新案登録請求の範囲 別添実用新案公報の該当欄記載のとおり

2  本件考案の構成要件、特徴及び作用効果は次のとおりである。

(一) 構成要件

(1) 押出しまたは引抜きによる一定の長さの複数本の縦長部材2をパンタグラフ機構4を介して横側方向に並置連結して横側方向で伸縮自在となし、

(2) その一側開放端側に支持部材9を連結して門扉1を形成し、

(3) この門扉1の横側方一端側の縦長部材2を、支柱等の固定部7側の受具8に対して、該受具8とは別体に構成され、且つ、上下方向で前記受具8との重ね合わせ代を有する状態で前記縦長部材2側に固定されたヒンジ6と、該ヒンジ6並びに前記受具8の両者を貫く状態で挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピン19とを介して、該枢支ピン19軸芯周りで回動自在に枢支連結し、

(4) 更に、この門扉1の開放端側に設けた前記支持部材9の下端に接地キャスター10を付設してある、

(5) ことを特徴とする伸縮揺動自在な門扉

(二) 特徴

本件考案は、家庭、事業所、ガレージ等の出入口に設置する伸縮揺動自在な門扉に関するものであつて、その特徴は、

(1) 当該門扉がパンタグラフ機構によつて伸縮自在であり、かつ

(2) 縦軸芯周りに回動自在であり、かつ

(3) 開放端側支持部材の下端に接地キャスターを有し、かつ

(4) 上下方向に融通性を有する枢支ピンからなるヒンジ(蝶番)を使用していること

の四点に帰着するものである。

(三) 作用効果

(1) 本件考案の作用効果を、本件明細書の「考案の詳細な説明」に基づいて詳述すれば、本件考案の門扉は、

(イ) 伸張状態での大なる間口の門の閉塞を行えるものでありながら、収縮してから後の回動操作を行えることによつて、小なる回転半径で回動操作するというスペースの少ない扉収納作業を行えると共に、収納後にも小なるスペースでの収納状態が達成し得るに至つた。

(ロ) 開放端側に支持部材9を連結してその下端に接地キャスター10を連設してあるものであるが故に、上記の作用効果を有するものでありながら、更に、門扉の設置取付けに当たつて、門扉を開閉する位置の下方に門扉の移動を案内するためのレールを設ける必要が全くなく、このレール敷設工事を必要としないものであるため、門扉の設置取付けは極めて簡単容易に、かつ迅速にできるという実用的効果を有し、更に門扉を旋回させながら伸縮操作も同時にできるという使用上において大変便利に用いることができる効果も併せ有している。

(ハ) その横側方一端側の縦長部材2を、固定部7側の受具8に対して、該受具8とは別体に構成され、且つ上下方向で前記受具8との重ね合わせ代を有する状態で前記縦長部材2に固定されたヒンジ6と、該ヒンジ6並びに前記受具8の両者を貫く状態に挿通された枢支ピン19とを介して、該枢支ピン19軸芯周りで回動自在に枢支連結されるものであるから、案内レールを敷設されていない床面上を自由に伸縮並びに揺動させ得てその開閉操作の自由度を高めるものでありながら、レール上を案内されないために生ずる不都合、すなわち、レールのない単なる床面では車輪の走行跡や砂利、小石等の存在によつてキャスター車輪の転動が完全に平坦な水平面上で行われるものではなく、凹凸部に乗り上げたキャスター車輪の上下振動によつて、門扉全体が上下方向の外力を受けてその旋回作動に円滑さを欠くという不都合を、互いに別体に構成された受具8とヒンジ6、並びにそれら両者6、8を貫く状態で挿嵌自在に嵌挿されている前記枢支ピン19を介しての枢支連結構造、及びパンタグラフ機構4自体が有するところの融通性をもつて吸収緩和し、その結果、完全な平坦面を構成するための案内レール等が敷設されていない床面に対しても円滑な旋回作動を可能にした門扉を提供し得るに至つた。

(2) 本件考案の作用効果を要約すれば、

(イ) 当該門扉をパンタグラフ機構で収縮自在にし、収縮した門扉を長さの小さな半径で回動せしめ、スペースの少ない扉収納作業を可能にし、もつて収納時の占有空間を極めて小なる収納状態にし得、

(ロ) 開放端側支持部材の下端に設置キャスターを連設してあることにより門扉の移動を案内する為のレールの敷設を要しないのみならず、

(ハ) 枢支連結構造として上下方向に融通性を有する枢支ピンからなるヒンジを使用していることにより、接地床面に傾斜や凹凸があつても門扉が円滑にこれに追随して上下振動し、平坦でない床面に対しても門扉は床面に支えられながら円滑に伸縮・旋回移動するので、少ない労力で容易・迅速・軽快に当該門扉を操作・使用出来る。

というメリットを有するものである。

3  被告は、昭和五九年四月頃から別紙第一目録記載の門扉(商品名格子アルミミニ6型、以下「イ号製品」という)を、昭和五六年八月頃から同第二目録記載の門扉(商品名タウン12型、以下「ロ号製品」という)を業として製造販売してきた(以下イ号製品及びロ号製品を総称して「被告製品」という)。

4  被告製品と本件考案とを対比すると、被告製品は左の点で本件考案の実施態様と相違するが、以下に述べるとおり実質的に本件考案の構成と異なるわけではなく、前記の本件考案の構成要件(1)ないし(5)をすべて充足し、かつ前記作用効果(イ)ないし(ハ)を有するものであるから、本件考案の技術的範囲に属する。

(一) 被告製品(イ号製品、ロ号製品とも同じであるので、以下便宜上イ号製品の番号を示す)は、上下一対の受具108、108の端部円筒部108a、108aとそれらと対をなすヒンジ106、106の端部円筒部106a、106aとを一本の長い枢支軸119で枢支連結している点において、本件考案の実施態様と相違する。

しかし、本件考案は、上下で対をなす各組の受具8、8とヒンジ6、6を「各別のピン」で枢支連結する実施態様を本件考案の実用新案登録請求の範囲において限定しているものではない。したがつて、右相違点は、単に実施態様での差異にすぎず、「一本のピン」を採用する被告製品が本件考案の技術的範囲に属しないものであるとすることはできない。

(二) 被告製品は、下側受具108の端部円筒部108aの下面よりも離れた位置で抜け止め用「割ピン120」が枢支軸119に止着されている点において本件考案の実施態様と相違する。

しかし、右「割ピン」は簡易に取り外しが可能である以上、枢支軸119が本件考案と同様に「挿抜自在」であることに変わりがなく、殊に機能的な面から判断してみても、右「割ピン」が設けられている位置は、門扉全体の枢支構造に「上下方向の融通性」を与え得るだけ下側受具108の端部円筒部108aの下面よりも下方に大きく離間させた位置であるから、枢支軸119を挿抜自在にしてその枢支構造に上下方向の融通性を与えしめることの技術効果には、本件考案のそれと実質的な差異は認められない。

したがつて、右相違点も基本的な構成・効果に影響を与えない付加的な事項であるから、「割ピン」を採用する被告製品の構造が本件考案の技術的範囲に属しないとすることはできない。

5  被告は、本訴提起後の昭和六一年四月頃に至り、被告製品の差止請求認容の判決がなされることを恐れ、被告製品の枢支連結部のヒンジ上部位置の枢支軸部分にビスを螺着して組み付けた「ネジ頭付きピン」ないし「かんざし状の頭付きピン」の態様とする設計変更を行つた。しかし、右変更は、本件差止請求を免れるための不要で非進歩的な付加的変更にすぎず、加工のための無駄な費用と労力を要し、コスト高となるばかりか、かえつて製品の要であるヒンジ部分の耐久性、堅牢性を著しく低下させ、製品の品質悪化を招いていることは明らかである。

したがつて、被告は近い将来営業上の必要から従前の仕様で再び被告製品の製造販売を再開する恐れが極めて高いから、被告製品の予防的差止を求める必要がある。

6  被告は、本件考案の出願公告日である昭和五六年五月二三日より後に次のとおり被告製品を製造、販売し、合計二一〇〇万円を下らない利益を得たから、右金額が被告の侵害行為により原告の被つた損害の額と推定される。

(一) イ号製品

昭和五九年度に一億五〇〇〇万円を超える金額の売上があり、利益率は三パーセントを下らないから、被告が得た利益は四五〇万円を下らない。

(二) ロ号製品

昭和五七年度ないし昭和五九年度に合計五億五〇〇〇万円を超える金額の売上げがあり、利益率は三パーセントを下らないから、被告が得た利益は一六五〇万円を下らない。

7  よつて、原告は被告に対し、本件実用新案権に基づき被告製品の製造、販売、使用、貸し渡し、又は販売、譲渡もしくは貸し渡しのための展示の差止(主位的には侵害の停止、予備的には侵害の予防)、被告製品の完成品及び半製品の廃棄、金型類の除去を求め、不法行為に基づく損害賠償として金二一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。同(二)のうち(4)は争い、その余は不知。同(三)の(1)については本件明細書の考案の詳細な説明の欄に(イ)ないし(ハ)の作用効果が記載されていることは認め、同(2)は不知。

3  同3のうち、被告が格子アルミミニ6型門扉(イ号製品)を昭和五九年四月頃から業として製造、販売してきたこと、タウン12型門扉(ロ号製品)を業として製造販売してきたことは認めるが、タウン12型門扉の販売開始時期は否認する。同門扉は昭和五八年三月頃から販売しているものである。被告は、昭和六一年四月一日従来の格子アルミミニ6型及びタウン12型門扉について設計変更を行い、在来型である被告製品の製造、販売を同日以降一切廃止した。

イ号製品及びロ号製品がそれぞれ別紙第一目録及び第二目録添付の図面のとおりであることは認める。右各目録の説明書に対する認否は次のとおりである。別紙第一目録及び同第二目録の説明書の各(1)は、一行目の「伸縮揺動自在な門扉」とある「揺動」の点を除き認める。同(2)、(3)は認める。同(4)は、前段の支柱側縦長部材及び後段の枢支連結構造につきそれぞれ次の限定を付したうえで認める。支柱側縦長部材について「支柱側縦長部材105は、パンタグラフ機構104の支柱側端部に移動側縦長部材109と同様に連結されている。」との限定を付する。枢支連結構造について「右の、枢支軸119の、各ヒンジ106及び受具108の端部円筒部106a、108aへの上下動可能の嵌挿は密になされる。その結果、これらとの間に接触抵抗が生じ、第7図に示した組立当初の状態から門扉101が一旦上昇した後は、門扉101の各ヒンジ106が下降復帰しても、枢支軸119はその頂部が上方ヒンジ106の上面に接する位置まで下降することなく、第9図に示した状態に留まり、その使用時に枢支軸119が順次上方にせり上るので、座金付き割ピン120は下方の受具108に当接してその抜脱を規制するために不可欠である。」との限定を付する。(別紙第二目録については右各番号の百の位の数字の「1」を「2」に読み換える。)

4  同4は争う。

5  同5のうち、被告が本訴提起後の昭和六一年四月に被告製品の設計変更を行つたことは認めるが、その余は争う。

6  同6は争う。

三  被告の主張

1  公知技術の存在

本件考案の関連技術は、別紙「本件考案の公知性」一覧表記載のとおり、本件考案の出願日である昭和四八年一二月二八日より前において既にいずれも公知技術に属していたものであり、本件考案は、かかる公知技術そのもの、又は少なくとも右公知技術に基づき当業者が極めて容易に考案し得たものである。

したがつて、本件実用新案登録には極めて明白な無効事由が存在する。本件実用新案権を当然無効として扱うことができないとしても、本件考案の技術的範囲は公報記載の文言どおり厳格に限定的に解すべきである。

2  要旨変更

(一) 本件考案の出願時の明細書は、その考案の名称を「伸縮揺動自在な門扉」としていたが、その登録請求の範囲においては、扉体の縦軸芯周りの回動自在を可能ならしめる枢支連結(あるいは枢支ピン)の記載は含まれていたものの、右枢支ピンの軸方向での上下動自在の点については一切触れられるところがなく、これは同明細書の考案の詳細な説明及び添付図面中においても全く同様であり、ピン軸方向での上下動自在の点を示唆する箇所は一切見当らない。むしろ、考案の詳細な説明を一覧すると明らかなとおり、枢支ピンの縦軸芯周りの回動(並びにパンタグラフ機構の伸縮)のみが強調されていたのであり、本件考案の名称中の「揺動」なるものも、当初より右回動ないしは回動を伴いつつ行われる伸縮のみを想定表現していたものと考えられる。

(二) しかるに原告は、昭和五六年一月一四日に至り手続補正書を提出して明細書を訂正し、登録請求の範囲について、前述の単なる縦軸芯周りの回動自在の枢支連結に代えて、同軸芯方向の上下動自在をも可能ならしめるヒンジ、受具を貫く状態での挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピンによる枢支連結への訂正を行つた。

(三) 右補正は、前述のとおり出願時の願書添付の明細書又は図面に記載した事項の範囲内ではない。右図面の第1図、第2図には枢支ピン結合部が図示されているが、右第1図、第2図の枢支ピンは、ヒンジの上部に半円形、受具の下部に矩形が描かれており、そのうち第2図の上方枢支ピン結合部のみは枢支ピンの足がわずかに長く突出しているように表示されているが、これは、他の枢支ピンの足が略々正方形状に描かれていることからすると明らかに作図上の誤りであると考えられ、また、枢支ピンがいかなる部材で構成されているかは何ら開示されておらず、右図面から当業者が「頭付きピンを挿抜自在に嵌挿する」との構成を読み取ることはできない。右図面から推測されるヒンジ構造は、頭付きピンが挿抜自在に嵌挿されているものに限定されるものではなく、別紙ヒンジ構造図の第1図ないし第5図に例示するようなヒンジ構造であることも十分考えられるのである。実用新案登録出願において作成される図面は、当業者が考案を実施し得る程度に表現すれば良いと規定され、用紙の大きさが限定されていることから、ボルト、ナット等の小さい部材を描く場合、ネジ状部分やナットの稜線を省略して概略的に図示することが多いから、微細な部分が特に表現されていない本件考案の前記出願時の明細書の図面からは、受具の下側における方形の部分が単なる枢支ピンの足なのか、あるいはこれに螺合されたナット等であるかなどの詳細を判別することは不可能である。更に、要旨変更の有無は、専ら出願当初の明細書又は図面に記載した事項を基準にしてその記載上自明かどうかが判断されるところ、「自明な事項」とは、その考案の属する技術分野における周知技術であつても、それが自明であるか否かはその考案の目的との関連において判断すべきであるとされており、本件考案は、その願書の最初に添付された明細書及び図面に記載の目的を、パンタグラフ機構を有する門扉を単に回転収納することに限定していたものであり、扉体を上下動させながら操作する技術思想は全く認識していなかつたものであるから、前記の枢支ピン結合部の図面に基づく補正は、自明な事項の補正に相当するものとは認められない。

(四) 以上のとおり昭和五六年一月一四日付手続補正書による前記補正は、願書に添付した明細書又は図面の要旨を変更するものであり、しかも同年一月二七日の出願公告の決定謄本の送達前になされたものであるから、本件考案の出願日は前記手続補正書の提出時である同年一月一四日ということになる。

そして、昭和五六年一月一四日より前においては、前記1記載の種々の公知技術が存在していたほか、既に形態的、機能的に被告製品と同一ともいうべき類似製品が国内市場において多量に製造、販売され、また類似製品の考案に係わる刊行物が広く頒布されるなどして公知となつていた。

したがつて、本件実用新案登録には極めて明白な無効事由が存在する。本件実用新案権を当然無効として扱うことができないとしても、本件考案の技術的範囲は公報記載の文言どおり厳格に限定的に解すべきである。

3  被告製品と本件考案の違い

被告製品と本件考案とは次のような相違点があり、被告製品は本件考案の技術的範囲に属さない。

(一) 被告製品の縦長部材は、左右方向に長尺縦長部材と短尺縦長部材を交互に繰り返して配設したものであり、一定の長さではないから、本件考案の登録請求の範囲中の「一定の長さの複数本の縦長部材を……並置連結」の要件を充足しない。

「一定」とは、一つに決まつていて変わらないこと、一つに決めること等を意味し、継続的あるいは反復的に推移あるいは生起する事象を同一状態に維持あるいは制御することを意味するのであつて、かつ、これしか意味し得ないのである。本件考案に即していえば、並置連結、換言すると横方向に繰り返して配設(出現)する複数個の縦長部材を同一の長さにするということを意味し、かつこれに尽きるのである。

(二) 被告製品の門扉の開放端側には、本件考案の登録請求の範囲にいう「支持部材」なるものが連結されて門扉の構成部分とされているということはない。

原告は、被告製品の移動側縦長部材109、209が右「支持部材」に該当すると主張するが、右部材109、209は単に移動側「縦長部材」にすぎないものである。

本件実用新案公報によれば、その実用新案登録請求の範囲において「複数本の縦長部材をパンタグラフ機構を介して横側方向に並置連結して横側方向で伸縮自在となし」たものの一側開放端側に「支持部材」を連結することが記載され、考案の詳細な説明において「門扉の開放側の端にある縦長部材には、これと平行してその外方に別の支持部材を連結」(公報三欄二行目から一三行目)することが記載されているのであり、右によれば、本件考案において「支持部材」なる概念が、斜めに配設された連結杆103、203により構成されるパンタグラフ機構と直接枢支連結されかつスライド自在に係合されている複数本の縦長部材(以上が伸縮構造体の本体である)とは区別して、これに付加・連結すべき別異の部材を指称するために使用されていることは疑問の余地がない。

原告は、本件考案の「支持部材」とは、門扉の開放端側に設けた縦長部材の下端に接地キャスターを取付けたものが接地キャスターを介して地面から支持される機能を有するので「支持部材」と表現されているものである旨主張するが、本件考案の「支持部材」が接地キャスターの有無とは関係ないことは、本件実用新案公報の考案の詳細な説明及び図面第1図、第2図において、右伸縮構造体本体の開放端側に支持部材9が考えられているほか、その固定端側(門柱側)にも支持部材5が考えられていること、実施例としては横方向中央位置の縦長部材2の下端にもキャスターを取付けこれを接地させ、右キャスターを介して地面から支持させながら、右縦長部材を支持部材とは呼称ないし把握していないことから明らかである。

また、「支持部材」の構成は、原告が本件考案の審査の過程で拒絶理由通知を受けた際に、考案の要旨を明確にするために意図的に付加、特定したものである。これは、本件考案が縦長部材の前後外側に連結杆を配設した構造を有し、連結杆を枢支するピンを上下動自在に設けるために縦長部材に長孔を穿設することは不可欠であるところ、押出し又は引抜き材であるアルミニウム型材の縦長部材に長孔を形成すると強度低下が著しいので、縦長部材とは別に長孔のない支持部材を設け、これにキャスターを施して扉体の自重やキャスターの上下振動に耐える構造として、かつ錠金具及び把手等を取付けることが要求されるからである。右のように審査の過程において原告が意識的に登録請求の範囲に限定を加えた場合には、これに反する主張は許されない。

(三) 被告製品のヒンジには、受け具との「重ね合わせ代」が存在しない。

本件考案の登録請求の範囲中には「受具との重ね合わせ代を有する状態」のヒンジなるものが含まれているが、本件考案では、ヒンジと受具とを上下方向にピンが貫通するものである以上、ヒンジの円筒端面と受具の円筒端面とが重合当接することはヒンジ構造一般からして当然のことであり、右「重ね合わせ代」とは右の通常重合当接する部分以外のもの、あるいは右当接する部分が特異の形態を有するものとしか解しようがない。

本件考案の公告公報第5図には、実施例としてヒンジ部分の拡大図が登載されているが、これによれば、ヒンジ6について「受具8に対して上下方向での重ね合わせ代に相当する突出部分が形成」(同公報四欄二行目から四行目)されているのであり、右の「重ね合わせ代」とは、前記ヒンジと受具とが重合当接する部分が通常の場合に比し、ヒンジ6の中心の貫通孔6aの周辺で外方向に向つて異常に肥大・拡大化されたもの(その外径は、それが取付けられている固定側支持部材の外径とほぼ同じかややこれを上廻る)であることが容易に看取できる。

被告製品については、かかる異常に肥大化した重合当接部分即ち「重ね合わせ代」は存在しない。

(四) 被告製品のヒンジ構造中ヒンジ及び受具を貫く状態で嵌挿された枢支軸が「挿抜自在」ではない。

被告製品のヒンジ構造中ヒンジ及び受具を貫く状態で嵌挿され、かつ上端を外方に拡管したキャップ付枢支軸(単なる頭付きピンではない)は、ヒンジ受具に対して一定範囲での上下動は可能ならしめられているが、右枢支軸はヒンジ、受具の嵌挿孔との間にほとんど遊隙を生ぜしめることなく密に嵌合され、その下端付近で割ピンを設けられていることにより、ヒンジ、受具に対してガタツキが少なく、上下動可能かつ挿抜不能となつている。

「上下動自在」と「挿抜自在」とは別異の概念であり、挿抜自在の嵌挿とは、ヒンジ、受具の貫通孔の径が枢支ピンの径に比し、枢支ピンが右貫通孔内にて水平方向に自由に動き得るよう相当の遊隙(クリアランス)を存しめるように大ならしめられている状態での嵌挿を意味するのであつて、右によりある種の上下動自在が実現される場合もあり得るが、上下動自在一般を意味するわけではない。

本件考案は、右のごとき「挿抜自在の嵌挿」という構成をとることにより、車輌の走行跡、砂利、小石等の程度の軽度の凹凸部(公報五欄二二行目以下)により接地キャスターを介して、①扉体がわずかに上昇するときヒンジを枢支ピンを持ち上げ、扉体が下降するときは一旦持ち上つた枢支ピンが前記クリアランスの存在により自然降下し得るようにし、あるいは、②扉体が傾斜状態にわずかにせり上つた際に、前記クリアランスが、枢支ピンがヒンジと受具との間で垂直状態から傾斜状態に移行することを許容するようにしたものと解される。以上の結果として、本件考案においては、前記のごとき効果を有する反面、前記クリアランスの存在により、ヒンジ、受具と枢支ピンの結合が緩やかとなり、固定支柱に対して扉体ががたつき、ふらつく弊害を回避し難いものとする。前記(三)の「重ね合わせ代」なるものも、これを軽減させるために不可欠の構成と考えられる。

右に対して、被告製品は、ヒンジ、受具の嵌挿孔と枢支軸の間におけるクリアランスを僅少なものとし、かつ上下部の各ヒンジと受具を一本のパイプ状枢支軸で連通したものであり、嵌挿孔と枢支軸間には後者が自重で自由に下降し得るような実質的クリアランスは存せず、扉体が上昇した場合(被告製品は、本件考案と異なり、扉体を、通常道路面より高くなつている敷地側に回動の際、敷地の傾斜面に沿つて、接地キャスターを介して扉体を大きく押し上げる用途に対応する)、枢支軸は、下方の受具に割ピンが当接してその上昇が規制されるものであり、扉体を元に旋回して右傾斜面に沿つて下降させた場合には、枢支軸は受具との間に生じる接触抵抗により、元の位置まで、即ち枢支軸頂部の拡管した部分がヒンジ上面に当接するまで下降することはない。

以上のとおり、被告製品の枢支軸は、ヒンジ、受具の嵌挿孔に密に嵌合し枢支軸が自重で降下し得るに足るクリアランスを有しない結果、枢支軸とヒンジ、受具との間に全くガタツキを生ぜしめず、扉体を固定支柱に対して堅固に装着できるものであり、また、枢支軸が自重で自由に落下しない結果、扉体の回動の繰り返しで上方へ抜け出る危険があるので、割ピンはこれを防止規制するため不可欠のものであり、単に付加的なものに止まるものではない。

更に、割ピンといえども一旦固定した後にこれを取り外すには、ボルト、ナット締め同様に機械工具を要するものであつて、この点からしても、被告製品は「挿抜自在」とはいえない。

(五) 被告製品の接地キャスターは、門扉の支持部材(これがそもそも存しないことは(二)に述べたとおりである)ではなく、門扉の縦長部材の下端に付設されている。

4  先使用による通常実施権

被告は、その関連下請会社である訴外日本工機株式会社(以下「日本工機」という)と共同してパンタグラフ機構を有する伸縮式門扉を開発し、本件考案の登録出願時(昭和四八年一二月二八日)より前において

(1) 門扉がパンタグラフ機構により伸縮自在であり

(2) 縦軸芯周りに回動自在であり

(3) 開放端側の下端に接地キャスターを有し

(4) 上下方向に移動可能な枢支連結構造を有していること

の四点を備えた門扉に関する考案を完成させており(〈証拠〉)、その後引き続いて日本工機に右門扉の生産を委託して企業化の準備を進めていたものであり、日本工機においては、昭和四七年七月から既に本格的生産に入つていたアコーディオン門扉「ゴールド」(レールタイプ)の製造と併行して、右門扉を生産するため、昭和四八年六月以降工場用地の買収、工場建物の増築、生産設備の増強を図り、詳細な設計を行い、昭和五一年一二月以降被告は右門扉にアコーディオン門扉「キャスター付ゴールド」及び同「キャスター付タイニー」の商品名を付して、本格的な販売を開始している。その後も被告は、日本工機と共同して伸縮式門扉の改良に努め、昭和五四年八月には、扉体と支柱の枢支連結構造をヒンジと受具の嵌挿孔に頭付きピンを挿嵌した上下方向に融通性を有するものに設計変更し、更に昭和五五年一二月には、扉体と支柱の上下部におけるそれぞれのヒンジと受具に上端を外方に拡管したキャップ付枢支軸を連通させた本件被告製品と同じ枢支連結構造を有する伸縮式門扉の製造、販売を開始した。

本件考案の登録出願日については、前記2に詳述したとおり、明細書又は図面の要旨の変更があるため昭和五六年一月一四日と解すべきところ、右時点においては、前記のとおり、被告考案に係る、本件被告製品と同じ枢支連結構造を有する伸縮式門扉の製造、販売が既に継続されていたものであるから、被告は被告製品の製造、販売に関し、本件実用新案権について通常実施権を有する(実用新案法二六条、特許法七九条)。

仮に右要旨変更が認められないとしても、当初の出願日である昭和四八年一二月二八日においても、被告は前記のとおり乙第三一ないし第三三号証の考案をなし、その事業化の準備に着手していたものであるから、被告は前同様の通常実施権を有する。

四  原告の反論

1  被告の主張1は争う。

被告の挙示する各公知資料の門扉にあつては、「キャスター付きのパンタグラフ形式の伸縮門扉で、ヒンジと受具を上下方向に融通性を有する状態で枢支連結する構成」を示唆するものは全く存在しない。被告主張の〈証拠〉の各公報に記載されている門扉の構成にあつては、いずれも、そのヒンジと受具が枢支連結位置において、常に上下方向に密着した状態を保ちながら用いられているものである。また、〈証拠〉の公開実用新案公報についても、その第1図、第7図から明らかなごとく、受具取付部分7は単なる「穴」に縦桟を挿入して貫通させて縦桟を固着させたものにすぎず、本件考案のごとく受具に対して縦桟を軸芯方向に上下移動させながら用いられるものではない。

本件考案は、上下動自在に揺動する独特のヒンジ構造部分とキャスターの組み合わせにより、従来の伸縮門扉にはみられなかつたところの独特の作用効果(請求原因2(三)(1)の(ハ)参照)を生むに至つたものであり、従来かかる作用効果を意図した考察資料は、スイートカタログその他内外の資料にもなかつたものであつて、本件考案が新規性及び進歩性を有することは明らかである。

2  同2は争う。

実用新案法九条が準用する特許法四一条によれば、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなす登録請求の範囲の補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなされる。したがつて、明細書に文章としては記載されておらず、その図面のみから当業者により読み取れるものも「要旨の変更とはみなされない補正」として許容されている。

そして、本件考案の出願当初の明細書の図面第1図、第2図をみれば、枢支ピンは、頭部の横幅に比して下方への突出脚部の横幅が小さく、右脚部にはネジが表わされておらず、かつ、頭部にネジ込み用の異径部がなくて丸い頭部が表わされているのであり、右図面からは、「頭付き棒状の細幅の枢支ピン軸の脚部」を「受具を貫き通してその下方に長く突出させる」構造であることが当業者において合理的に読み取れるものであり、右構造により、扉の回動を許し、かつ扉の上下移動を許すものであると判断できる。

被告主張の別紙ヒンジ構造図の第1図ないし第5図は、いずれも、前記の本件考案出願当初の明細書の図面に記載された形状とは異なり、あるいはJIS規格にはないような特殊な構造であり、当業者が右明細書の図面から常識的に読み取ることができるヒンジ構造ではない。

原告の昭和五六年一月一四日付手続補正書による補正は、本件考案の出願当初の明細書添付の図面から当業者が読み取れる技術であるところの「受具に対して扉を重力に抗してピン軸芯方向上方への移動を可能にする」機能を有する枢支ピンの構成を実用新案登録の対象とするためになされたものであるから、図面に記載した事項の範囲内の補正であり、要旨の変更には該当しない。

3(一)  被告の主張3(一)について

被告は、被告製品の縦長部材は「一定の長さ」ではないと主張するが、本件考案の実用新案登録の範囲には「一定長さの複数本の縦長部材」と規定するに止まり、「等しい長さに一定の長さ」とは規定していないのであり、明細書の考案の詳細な説明中にも縦長部材が「すべて同一の長さ」であるものを用いる旨の記載はなく、かつ「一定長さ」なるものがすべて「同一長さ」であるが故に特別の効果があることも記載されていない。岩波国語辞典第四版や広辞苑掲載の「一定」の語義を見ても、「一定」なる語は単純に「一つに」とか「同一に」とかいう点に語義の中心があるのではなく、むしろ「ある決まつた状態」をいうのである。

被告製品は、「一定長さの長尺縦長部材と一定長さの短尺縦長部材」からなるもので、これらの各縦長部材が各々その所(配列)によつて「長尺」か「短尺」かが定まつた「一定の長さ」を用いていることに相違ない。

(二)  同(二)について

本件考案の「支持部材」については、実用新案登録請求の範囲においてその構造や形状に限定を加えておらず、キャスターを介して門扉の重量を支えるという特定の機能を有することを要件とする旨を判り易く「支持部材9」なる名称をもつて表現したものである。本件実用新案公報に記載された実施例において「一側開放端側に連結される支持部材」が図面第1図の9番であることは、本件考案の実施の一態様を例示したものであり、同公報二欄二八行目から三欄一五行目までに記載された構造は、同公報二欄二八行目に「本考案実施の態様を例示図について詳述」と記された実施例の一態様を示しているにすぎない。したがつて「支持部材」が右図面に示された構造に限定されるものではなく、縦長部材2と支持部材9が別異の構造でなければならないとする理由はない。

被告製品においては、パンタグラフ機構で伸縮自在とされたものは、イ号製品でいえば別紙第一目録イ号門扉説明書の109番から105番まで(ロ号製品では同第二目録ロ号門扉説明書209番から205番に該当する。以下同じ)の部分であり、本件考案の実用新案登録請求の範囲の「その一側開放端側」の「その」とは縦長部材109から縦長部材105までの部分をいうから、「その一側開放端側に連結される支持部材」はイ号製品では109番がこれに該当するのである。

(三)  同(三)について

本件考案においては、ヒンジと受具とが「重ね合わせ代」を有する構造であることを要件としているが、被告が主張するような「特異な形態を有するもの」による効果は明細書中に全く述べられておらず、被告の主張は全く理由がない。

(四)  同(四)について

本件考案にいう「挿抜自在」とは、本件考案の明細書の全趣旨を参照すれば、当業者が見て、門扉が枢支ピンの挿抜方向に上下動自在に融通性を持つことを意味するのである。被告は、本件考案では枢支ピンを貫通させるヒンジと受具の穴のクリアランス(遊隙)が、扉が傾斜状態にせり上つた際にそなえて大でなければならないと主張するが、本件考案の明細書中には、当該貫通孔の穴の中で枢支ピンが「傾斜」し得ることを許容するだけ大なるクリアランスがあらねばならないなどとは全く述べられておらず、被告の右主張は根拠がない。

被告製品は、ヒンジと受具とを貫く状態で嵌挿された枢支ピン構造によつて門扉の上下動を可能ならしめる構造であるから「挿抜自在」であることに相違ない。また、被告製品は、枢支軸の上端部に抜け落ちを防止するための「上端部を拡径した拡径頭部」に管端保護キャップを嵌合した構成であるから、本件考案における「頭付きピンからなる枢支ピン」の構成の態様をなしているものである。

(五)  同(五)について

前記(二)で主張したとおり、被告製品の移動側縦長部材109、209が本件考案の「支持部材」に該当するから、被告製品においても接地キャスターは支持部材の下端に付設されているものである。

4  被告の主張4は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が本件実用新案権を有すること、本件考案の構成要件が請求原因2(一)の(1)ないし(5)からなること、本件考案の作用効果が、本件明細書の考案の詳細な説明の欄の記載によれば、請求原因2(三)(1)の(イ)ないし(ハ)のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。

二被告が昭和五九年四月頃から、格子アルミミニ6型門扉(イ号製品)を、また販売開始時期の点は別としてタウン12型門扉(ロ号製品)をそれぞれ業として製造、販売してきたことは、当事者間に争いがない。

そして、イ号製品及びロ号製品がそれぞれ別紙第一目録及び第二目録添付の図面のとおりであること、またその説明が右各目録の説明書の記載のうち(1)の一行目「伸縮揺動自在な門扉」とある「揺動」の点、(4)の前段の支柱側縦長部材及び後段の枢支連結構造につき被告主張の限定を付すべきかの点を除き、その余は説明書記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

右の除いた点のうち、まず、(1)の「伸縮揺動自在な門扉」中の「揺動」という表現は、被告製品の構造について原告の立場から主観的に要約して説明した部分であるにすぎないから、他に被告製品の構造を客観的に説明した部分が存する以上、被告製品の特定に必要なものとは考えられない。次に、(4)前段の支柱側縦長部材については、被告製品の構造を示したものであることに争いのない別紙第一目録及び第二目録添付の各図面の記載によれば、被告製品の支柱側縦長部材105、205はパンタグラフ機構104、204の支柱側端部に移動側縦長部材109、209と同様に連結されていることが認められるから、被告主張のとおりの限定を付して被告製品を特定するのが相当である。更に、(4)後段の枢支連結構造の点は、原告の説明の程度でも本件考案との対比は十分可能であると考えられるので、被告主張のような限定を付する必要はないものと考えられる。

三そこで、被告製品が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1  構成要件(2)、(4)について

本件考案は「その一側開放端側に支持部材9を連結」すること及び「支持部材9の下端に接地キャスター10を付設してある」ことを構成要件とするところ、「支持部材」の意義について当事者間に争いがある。

そこで検討するに、本件考案の実用新案登録請求の範囲の項には「支持部材」の形状や構造についてはこれを特定する記載はないが、同項中には「その一側開放端側に支持部材9を連結し」と記載され、「その」とは文脈上並置連結された縦長部材を指すことは明らかであるし、「この門扉1の開放端側に設けた前記支持部材9の下端に接地キャスター10を付設してある」とも記載されているから、本件考案の「支持部材」が縦長部材の一側開放端側にあつて縦長部材に連結されるものであり、下端に接地キャスターを付設する構成であることが明確にされている。そして、〈証拠〉によれば、本件実用新案公報の考案の詳細な説明の欄には「本考案は、開放端側に支持部材9を連結してその下端に接地キャスター10を連設してあるものであるが故に、……門扉の設置取付けに当つて、門扉を開閉する位置の下方に門扉の移動を案内するためのレールを設ける必要が全くなく、このレール敷設工事を必要としないものであるため、門扉の設置取付けは極めて簡単容易に、かつ迅速にできるという実用的効果を有し、更に門扉を旋回させながら伸縮操作も同時にできるという使用上において大変便利に用いることが出来る効果をも併せ有しているものである。」(四欄末行から五欄一一行目)と記載され、前記の支持部材及び接地キャスターの構成による作用効果を明示していること、右考案の詳細な説明の欄中の実施例の説明として「この門扉1の開放側の端にある縦長部材2には、これと平行してその外方に別の支持部材9を連結し」(三欄一一行目から一三行目)と記載されていること、右公報の実施態様を例示した図面には、支持部材9は縦長部材とは別体でこれと類似の形状の部材であることが示されていることが認められる。これらの事実を考慮すれば、本件考案の「支持部材」は、パンタグラフ機構を介して並置連結した縦長部材の一側開放端に縦長部材とは別体のものとして連結され、かつその下端に付設したキャスターによつて門扉を支持する部材であるということができる。

本件考案の「支持部材」が右に認定したような構造であり、かつ本件考案に必須の構成であることは、本件考案の出願経過をみれば、一層明らかである。即ち、〈証拠〉によれば、本件考案の原始明細書の実用新案登録請求の範囲の項には「支持部材9」の記載はなく、「この門扉1の少なくとも伸縮端側部分の下端に接地キャスター10を付設し」と記載されていたこと、右出願につき実用新案法三条二項に該当するとして拒絶理由の通知がなされ、これに対して出願人は昭和五四年五月一日付手続補正書により実用新案登録請求の範囲の項に「その一側開放端側に支持部材9を連結」すること及び「この門扉1の開放端側に設けた前記支持部材9の下端に接地キャスター10を付設」する旨の追加補正をするとともに、同日付意見書において「別途補正書によりその要旨を一部補正すると共に作用効果を明瞭にすることにより、御引用の文献に示されるものとの差異を明らかに致しました。」「即ち、構成要件の補正として、『縦長部材2の開放側の端に支持部材9を連結』することと、この『支持部材9の下端に接地キャスター10を設けてなる』ものであることを明瞭にしました。」と記載していること、右拒絶理由通知に引用された文献(Sweet's Cat-alog Architectural File 1958)には、パンタグラフ機構を介して並置連結された縦長部材の開放端側のものの下端にキャスターが付設されている構造の門扉が図示されていることが認められる。右事実からしても、本件考案における「支持部材」は前記認定のごとく解しなければならない。

他方、被告製品を検討すると、イ号製品において原告が本件考案の「支持部材9」に該当すると主張する移動側縦長部材109は、縦長部材のうち移動側端部に位置するものにほかならず、その対向壁部127、127の対向内壁に形成したスライド溝127a、127aに連結杆103、103の各端部のスライド軸129、129を上下スライド自在に係合保持させるとともに、前記対向壁部127、127の対向外壁に連結杆103、103の端部の回動支軸130を固着させており(別紙第一目録イ号門扉説明書(3)参照)、要するにパンタグラフ機構と直接枢支連結されているものである。したがつて、右移動側縦長部材109は、パンタグラフ機構を介して並置連結した縦長部材の一側開放端側に縦長部材とは別体のものとして連結されてはいないから、本件考案の「支持部材」であるとは認められない(ロ号製品についても全く同様である。)。

よつて、被告製品は、いずれも本件考案の「支持部材」に当るものを欠き、本件考案の構成要件(2)を充足しない。また、その必然の結果として、被告製品は接地キャスターが支持部材の下端に付設されていないことになるから、同構成要件(4)も充足しない。

2  構成要件(3)について

本件考案は、「ヒンジ6と受具8の両者を貫ぬく状態で挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピン19」の構成を要件としているところ、原告は、右の「挿抜自在」とは、門扉が枢支ピンの上下動自在に融通性を持つことを意味すると主張する。

しかし、本件考案の実用新案登録請求の範囲の項には、前記のとおり「ヒンジ6と受具8の両者を貫ぬく状態で挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピン19」と記載されているのであり、右表現の意味するところはそれ自体明瞭であつて、「挿抜自在」は字義どおりには「挿抜という行為を自由になし得る」ことを意味すると解され、また、そうであるが故に抜け落ち防止のため枢支ピンの頭部を他の部分より太くした形状の「頭付きピン」としたものと理解できるのである。そして、本件明細書の考案の詳細な説明の欄に原告主張の請求原因2(三)(1)の(ハ)の作用効果が記載されていることは当事者間に争いのないところであり、右記載中において、枢支ピン19が「ヒンジ6と受具8の両者を貫ぬく状態で挿抜自在に嵌挿された」構成による効果が明瞭にされており、更に、前掲〈証拠〉によれば、本件実用新案公報の図面第1図、第2図において、枢支ピン19は形状の文字どおりの「頭付きピン」であることが読み取れ、かつ、ヒンジ6と受具8の両者を貫く状態で「挿抜を自由になし得る」ように嵌挿された態様が図示されていることが認められる。

このように、本件考案の実用新案登録請求の範囲の項の「ヒンジ6と受具8の両者を貫ぬく状態で挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピン19」という記載は、明細書の考案の詳細な説明の欄及び図面の記載を参酌しても、前記のとおりその文言どおりの意味に解することに何ら疑問はない。実用新案法五条四項は「実用新案登録請求の範囲には、考案の詳細な説明に記載した考案の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と規定しているのであるから、本件考案の実用新案登録請求の範囲の項に記載された「挿抜自在に嵌挿された頭付きピン」は本件考案の構成に欠くことができない事項といわなければならない。そして、考案の技術的範囲は「願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基いて定めなければならない」(同法二六条が準用する特許法七〇条参照)のである。

原告は、本件考案の「挿抜自在」とは、明細書の全趣旨を参照すれば、当業者が見て、門扉が枢支ピンの挿抜方向に上下動自在に融通性を持つことを意味すると主張する。なるほど、前掲〈証拠〉の考案の詳細な説明欄を参照すれば、「挿抜自在に嵌挿された枢支ピン」が前記のような作用効果を持つのは、ヒンジと受具を貫く状態で挿抜自在に嵌挿されていることにより、枢支ピン19が軸芯周りでの回動とともに「軸芯方向で上下動自在」であることによるものと認められ、したがつて、右のような効果を生ずるためには、枢支ピンが文字どおり「挿抜自在」でなくとも、軸芯方向である程度の上下動を許容する融通性を持つ構造であれば足りるといえる。しかし、「挿抜自在」と「上下動自在」とが同じ概念でないことは明らかであつて、原告の右主張は、本件考案が「挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピン19」を実用新案登録請求の範囲に構成要件として記載したものであり、「枢支ピン19が軸芯方向で上下動自在に枢支連結していること」を構成要件としているものではないことを無視するもので、不当というべきである。

なお、被告は、「挿抜自在」の嵌挿とは、ヒンジ、受具の貫通孔の径が枢支ピンの径に比し、枢支ピンが右貫通孔にて水平方向に自由に動き得るよう相当の遊隙(クリアランス)を存しめるように大ならしめられている状態での嵌挿を意味すると主張するが、本件考案の実用新案登録請求の範囲には枢支ピンの径やヒンジ、受具の貫通孔の径について右のような限定は存しないし、本件実用新案公報の考案の詳細な説明欄や図面を参酌しても、右のように「挿抜自在」の意味を特殊な意味に限定しなければならない根拠は見出し難い。

更に、本件考案の「挿抜自在」の意味は、本件考案の出願経過をみれば一層明白である。即ち、前掲〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(1)  本件考案の登録出願は、特許庁の拒絶理由通知、拒絶査定を受け、その都度四回にわたり、即ち昭和五四年五月一日付、同年九月二二日付、昭和五五年一一月五日付、昭和五六年一月一四日付各手続補正書により手続補正を行つた結果出願公告の決定がなされるに至つた。

(2)  出願時の原始明細書の実用新案登録請求の範囲の項には「枢支ピン19」に関する記載は全くなく、枢支構造について「この門扉1の横側方一端側の縦長部材2をヒンジ6、6を介して支柱等の固定部7に枢支連結して縦軸芯周りに回動自在になす」との記載があるにすぎず、考案の詳細な説明の欄にも枢支ピン19についての記載は全くなく、本件実用新案公報の「凹凸部に乗り上げたキャスター車輪の上下振動によつて、門扉全体が上下方向の外力を受けてその施回作動に円滑さを欠くという不都合を、互に別体に構成された受具8とヒンジ6、並びにそれら両者6、8を貫ぬく状態で挿嵌自在に嵌挿されている前記枢支ピン19を介しての枢支連結構造、およびパンタグラフ機構4自体が有するところの融通性をもつて吸収緩和し」(甲第一号証の五欄二六行目から六欄八行目)という作用効果の記載ももとよりなく、わずかに図面第1図、第2図が補正後の本件実用新案公報(甲第一号証)のそれとほぼ同一であり、頭部が半円形状の枢支ピンがヒンジ6と受具8の両者を貫く状態で嵌挿されていることが図示されていた(但し枢支ピンには番号も付されていなかつた)にすぎなかつた。

①、②事件、本件考案図面

別紙第一目録

イ号門扉(格子アルミミニ6型)

(3)  前記補正の経過において、枢支ピンについての実用新案登録請求の範囲の項の補正をみると、第二回目の補正である昭和五四年九月二二日付手続補正書において「縦長部材2を支柱等の固定部7側の受具8に挿通された枢支ピン19を備えるヒンジ6、6を介して」とはじめて枢支ピン19の構成が追加され、拒絶査定を受けた後、第三回目の補正である昭和五五年一一月五日付手続補正書において「受具8とは別体に構成され、且つ、上下方向で前記受具8との重ね合わせ代を有する状態で前記縦長部材2側に固定されたヒンジ6と、該ヒンジ6並びに前記受具8の両者を貫ぬく状態に挿通された枢支ピン19とを介して」と補正された。

(4) 右補正に対しては「本件考案は出願前日本国内で頒布された刊行物(Sweet's Architectural Catalog File 1971)に記載された考案に基づいて、その出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が極めて容易に考案をすることができたものと認められる。」として拒絶理由通知がなされた。

(5)  これに対する第四回目の昭和五六年一月一四日付手続補正書により実用新案登録請求の範囲に「挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる」枢支ピン19の構成が追加補正されるとともに、同日付で出願人から特許庁に提出された意見書には「本願考案は、その最大の特徴が『伸縮並びに揺動自在な門扉において、門扉の横側方一端側の縦長部材を、固定部側の受具に対して、受具とは別体に構成され、且つ、上下方向で受具との重ね合わせ代を有する状態で前記縦長部材側に固定されたヒンジと、該ヒンジ並びに前記受具の両者を貫ぬく状態で挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピンとを介して枢支連結してあること』に関する構成にあり」、引例にはかかる構成に関する記載はなく、本件考案は右の構成をとつたことにより独特の作用効果を奏するものである旨記載されていた。

右認定の事実によれば、枢支ピン19は、第二回目の補正である昭和五四年九月二二日付手続補正書で初めて実用新案登録請求の範囲の項に記載され、その後第三回目の補正である昭和五五年一一月五日付手続補正書及び最後の補正である昭和五六年一月一四日付手続補正書において順次枢支ピン19の構成が限定され、右昭和五六年一月一四日付手続補正書で「挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピン」の構成が明確にされ、漸く出願公告の決定に至つたものであること、そして、原始明細書の実用新案登録請求の範囲にも考案の詳細な説明にも記載のなかつた枢支ピンに関する右のような補正が認められたのは、原始明細書の図面の記載から補正後の枢支ピン19の右のごとき構成が読み取れないわけではないと特許庁において判断されたことによるものであることは明らかである。被告は、右昭和五六年一月一四日付手続補正書による補正は要旨の変更に当ると主張するが、その点の判断は措くとしても、少なくとも「枢支ピン19が軸芯方向で上下動自在に枢支連結していること」というような補正であれば、要旨の変更に当るとして到底許されなかつたであろうことは明白である(実用新案法九条一項、一三条、特許法四一条、五三条一項参照)。

右認定の出願経過に鑑みれば、右補正が明細書又は図面の要旨を変更するものではないとの前提にたつたとしても、本件実用新案公報の実用新案登録請求の範囲の項に記載された「挿抜自在に嵌挿された頭付きピンからなる枢支ピン」の構成は、同公報の図面に示された枢支ピンの形状、構造から逸脱して解釈することは到底許されず、その文言どおりの意味に限定して解しなければならないものというべきである。

そこで、右見地から被告製品をみると、被告製品において本件考案の「枢支ピン19」に該当する枢支軸119、219は上端部を拡径した拡径頭部119a、219aを有し、これに管端保護キャップ119a、219aを嵌合した円形パイプ状のものであるから、右のようなものも本件考案にいう「頭付きピンからなる枢支ピン」の一種であると認められるけれども、その下端部に抜け止めの目的で割ピン120、220が装着されているから、門扉として使用される際には右枢支軸119、219が「挿抜自在」となつていないことが明らかである。

したがつて、被告製品はいずれも本件考案の構成要件(3)を充足しない。

3 以上のとおりであるから、公知技術の存在や要旨の変更により本件実用新案権が無効であり、又は本件考案の技術的範囲を限定的に解すべきであるとの被告の主張を判断するまでもなく、被告製品はいずれも本件考案の技術的範囲に属するものとは認められない。

四よつて、原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官小松一雄 裁判官髙原正良)

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